走りながら考える~人生は長いマラソンだな~

マラソンは瞑想です。人生は迷走中?不惑四十を過ぎても惑い続ける男がここにいます。マラソントレーニング、糖質制限ダイエット、億り人を目指す投資、結願まで頑張りたいお遍路、激務で休職してからの人生大転換…いろいろあるんだ、ちょっと僕の話を聞いてくれよ

第9日 39.7km 累計394.6km

お遍路第2弾 3日目
今日は天気予報どおり寒い朝だ。黒メガネのお遍路さんは私より前に出発した。もう1人同じ宿の定年後おじさんは、さらに早く6時前に出発した。私は2人を追いかける形で7時に宿を出た。


33番札所種間寺には8時半ごろ到着。約7キロの道のりだった。種間寺弘法大師が五穀の種をまいたことに由来している。観光地ではないので非常に静かなお寺だった。

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種間寺を出て34番札所清滝寺を目指す。11キロほど。寺を出てすぐに自転車に乗った女性が田んぼのあぜ道から、「おはようございま〜す。がんばって!」と笑顔で声をかけてくれた。

仁淀川を渡り土佐市内に入る。

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清滝寺の手前のファミリーマートで休憩。座るスペースはなかったが、パイプ椅子を見つけてお店の許可を得て座らせてもらって休憩、20分。そこでゆっくりして気が抜けたのか、そこに杖を忘れて1キロ歩いてしまった。取りに戻るが、結局この間40分も進んでいないことになる。これは今後に響きそうだ…(//∇//)

 

34番清滝寺へ急ぐ。最後の登りに差し掛かったところでサングラスのおじさんに声をかけられた。おじさんは苦しそうに上がっているので私はすぐに追い抜こうとしたが、おじさんがいろいろお話しかけてくるので私もペースを合わせた。サングラスおじさんはなんと8回目のお遍路だそうです。上りのきつい坂は、人とおしゃべりしていると楽に感じられる、とのことで私とおしゃべりしたかったみたいです。私もおじさんとのたわいもない会話で、焦る気持ちを一旦忘れてゆっくりと登りました。おじさん曰く、初めてのお遍路は新鮮味があって驚きもあります。例えば清滝寺のこの急な長い階段も、最初は驚きました。でも今は何とも思わない。ただひたすら知っている道を歩くのみ、辛いですよ、とのこと。
それも修行なんだろうと私は解釈した。

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清瀧寺(きよたきじ)では、定年後おじさんこと、糸島さんに再び遭遇した。私の写真を撮らして欲しいとおっしゃるので、快諾した。私を1人だけ清滝寺の本堂前に立たせて写真を撮られた。

さて、今晩の宿泊先に電話をかける。
ここから14km先の36番青龍寺(しょうりゅうじ)からさらに7キロ先の民宿みっちゃんに電話をかけた。朝の食事は要らないと言ったのですが、出発が早いならおにぎり握れますが、と優しい女将さん。この民宿は私が読んだ元朝日新聞記者の辰野和男さんが書かれた四国遍路紀行にも20年ほど前に登場していた。その時は50代のようだったからおそらく同じ人だと思うが声からしてやはり70代は下っていないのではないかと思った。私の場所を訪ねた後、「そこから大丈夫ですか日が暮れるまでに着きますか?」と心配してくれた。

清滝寺の下では前から歩いてくる見覚えのある顔で。これも宿で一緒だった黒縁メガネのお兄さんだ。僕はいつの間に追い抜いてしまったのだろうか。彼も宿は決めていなかったが、聞いてみるとやはり36番の近くで取ったそうだ。この時点で黒縁メガネのお兄さんと、定年後おじさん(糸島さん)は、私よりも手前の宿で止まるようなので、おそらく今後会う事はなくなった。これも、一期一会。

 

昼食をとるため、スーパーへ。新鮮な海鮮が激安で売られている。地元でとれたウツボのタタキと海鮮丼を購入。合わせて割引で700円。

f:id:qkbz:20171124223300j:imagef:id:qkbz:20171124223313j:imageスーパーなどベンチで腰かけて美味しくいただきました。
スーパーの中ではお母さんが声をかけてくれた。「どちらからですか?気をつけてくださいね。青龍寺に行きはるんですか、遠いらしいですね。良い事がございますように。」ととても優しい言葉。奥様もお元気で、と返しました。


稲穂が垂れたが水田を見つけた。暖かい豊かな高知はお米が2回取れる。いまは11月下旬。これは二毛作の二毛目(?)かな。

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コスモスの季節です。コスモスに囲まれた観音様もきれいだった。

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塚地峠の前の小屋で休憩をした。地域の方が清掃をしていた。遍路小屋に座っていると子猫が擦り寄ってきた。掃除をしていた奥様の話によると、捨てられたばかりの猫のようで、とても人懐っこい。お腹が減っているのか私に体をすり寄せて何度も鳴く。しかし奥様は「食べ物はあげないほうがいいのでお願いします。」とおっしゃっていた人が食べ物を上げるとなついてしまうからだろう。

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本当は塚地トンネルを抜けてショートカットしようと思ったのだが、奥様は塚地峠の先から眺める景色が綺麗だとおっしゃった。なので時間に余裕もあるので、塚地峠を越えることに決めた。

この峠は昔、峠の向こうの宇佐の港で取れるカツオを韋駄天のように業者が走って峠を越えて町の人に売りさばいたという道である。「夜売りの道」と呼ばれていたそうだ。その説明看板を見て初めてこの歴史を知った。その看板も掃除の皆さんが先ほどきれいに拭いてくれたものです。

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塚地峠を10分弱で登りきりました。そしてさらに少しのぼると、先程の奥様の言う通り浦ノ内湾を跨ぐ宇佐の大橋が見えました。

この場所で、年配の男性4人ほどが何かの作業をしています。草を刈ったり風見鶏を修理したり、地域の方のようです。

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挨拶をしました。うち1人が、
「昨日の若い女性のお遍路さんに会ったよ」と言いました。もう1人の仲間が「あんたは引きがいいな〜。俺が会うのはおっさんだけや」というたわいない会話(笑)
おじさま: ところで兄ちゃん今日はどこまでいくの?青龍寺
私: はいそうです。そこから先の民宿みっちゃんに行きます。
おじさま:みっちゃんの家あそこは魚が美味いぞ。けど行くには半島の山を降ったり登ったり大変やよー

皆口々に何かをしゃべってきます。

「それにしても、今からみっちゃんまで行くんやったら、かなり急がなアカンな。気つけてや。」

何はともあれ温かい言葉と楽しい会話がうれしいです。

急いで峠を下ります。順調にいけば食事の時間までに民宿みっちゃんには着けるはずです。
峠を降りて少し道を間違えそうになったが、地元の人がそっちじゃないよと教えてくれる。助かりました。そのおばさんが軽トラックで家に帰る途中だから乗って行きなさいと誘ってくれました。しかし私はすべて歩いて行きたいんです、お心遣いありがとうございます、と丁重にお断りしました。

この写真はそのおばあさんの軽トラックです。

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おばあさんは、そうかそうか、若いからなぁ、年配の人はすぐ乗ってくるけどね〜あはは。…と言っておりました。優しいですね、みんな。

 

宇佐の港に出た。

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そこで糸島さんに再び出会う。おしゃべりをしながら海外沿いを歩く。私が選んだ今後のルートは明日約20キロ以上お店がないので、最後のコンビになるファミリーマートに寄るため糸島さんと別れる。このファミリーマート昔は地元の海産物やお土産品を売っていたのでしょうか?それともレストランだったのでしょうか?妙に立派な造りです。

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宇佐大橋を渡って半島に出ます。橋の上からは遠く室戸岬が見えました。ずいぶん遠くまで来たものだとも思います。

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まもなく36番札所青龍寺に到着。石段の下でサングラスおじさんに2回目の遭遇。とっくに私が抜かしたと思っていたが、案外このおじさん速い。石段を登りきったところで、再び糸島さんに出会った。お参りを済ませご朱印をいただき青龍寺を打ち終わった。

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遍路道を糸島さんと一緒に歩き始める。糸島さんは、「橋口さん、あなたまだ先があるからお先にどうぞ」と言ってくださった。また縁があればお会いしましょうと言葉を交わして私は先に進んだ。

 

まもなく横浪黒潮スカイラインに出た。ここは半島の南側を走る観光ロード。高低差は激しいので他の人は薦めてこないが、私は良い景色を求めてこちらを選んだ。民宿みっちゃんはこのスカイラインから浜辺に降りたところにある。期待した夕日が拝められた。

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民宿まであと5キロ位のところで、民宿みっちゃんの女将さんからお電話があった。迎えに行きますよと言う事でしたが丁重にお断りしました。先方も歩き変動遍路はなるべく歩いていきたいと言う事はご理解いただいているようで、もしもほんとにきついようでしたらお電話を下さいと言われ電話を切られました。とても優しいです。

須崎市に入りました。この近くに明徳技術高校があります。今横綱朝青龍も通った学校です。

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と、その瞬間気づきましたが、朝青龍青龍寺の石段を登ってトレーニングをしげいた。四股名はこの青龍寺からとったものですね(汗)。恥ずかしながら今まで知りませんでした。

 

あと1キロ位のところでまた民宿みっちゃんのおばあさんから電話がありました。奥様が遍路コースまで迎えに来てくださるそうです。ここから車に乗るのはお遍路の一筆書きを破るわけではないので、ありがたく甘えました。


民宿はまるで田舎の実家みたいな?そのままの雰囲気。

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洗濯をしてくれ、ブリの焼き物と刺身や煮物などたくさんいただきました。女将さんは、最近はブリの脂が乗ってないと嘆いていましたが、そんなことはなく、田舎のおばあさんの素朴な料理が美味しい!相撲中継の話や、この前裁判員に選ばれて最高裁長官から手紙が来ておったまげたとか、楽しい会話をしました。


元朝日新聞の辰野さんの話をすると、いま、実はご病気で療養中とのこと。早くの快復をお祈りします。

40km近くしっかり歩けた。盛りだくさんの1日でした。



つづく